センスは生まれつきの才能ではない!くまモンを生んだ、水野学の『センスは知識からはじまる』

センスとは
センスとは最適化する能力である
「センスのよさ」とは、数値化できない事象のよし悪しを判断し、最適化する能力である。
p18
センスとは知識の集積であり、世の中で常に売れているモノは、情報が最適化されているのだと言えます。
知識とセンスの関係
知識というのは紙のようなもので、センスとは絵のようなものです。
p75
知識のない所にセンスは生まれず、得た知識以上のセンスがそこに描かれることはないわけです。1しか知らない人が10を知ることはできませんが、10を知る人は1~10の数字を組み合わせて、様々な数字を生み出すことができます。
言い換えれば、センスとは、置かれた状況に応じて、それらをどのように組み合わせるかを的確に判断できる能力といえます。
センスを磨くのに必要なものとは
まずは普通を知る
センスがいい商品をつくるには、「普通」という感覚がことのほか大切です。それどころか、普通こそ「センスのいい/悪い」を測ることができる唯一の道具なのです。
p19
岡本太郎は「今日の芸術」の中で、”芸術”は基準を求めないと述べていたが、”センス”はその逆。基準なしには成り立たず、センスは芸術的ではなくデザイン的だといえます。つまり、センスを身につけるためには、”普通”というモノサシを知ることが必要不可欠であるということです。
知への積極性
センスを磨くには、あらゆることに気がつく几帳面さ、人が見ていないところに気がつける観察力が必要です。
p71
センスのある人というのは、他人が気が付かないこと、あるいは他人の関心の外にあるものを見ています。誰にでも見えてはいるけれど、ほとんどの人が見落としているようなものを見逃さない視点と観察力を持っているのではないでしょうか。
センスを磨くには知識が必要ですが、知識を吸収し自分のものとしていくには、感受性と好奇心が必要なのです。
p168
ここでの”感受性”とは、思い込みや偏見を捨て、複数の視点を受け入れる素直さでしょう。
センスの最大の敵は思い込みであり、主観性です。思い込みと主張による情報をいくら集めても、センスは良くならないのです。
p92
センスとは、膨大な情報の可能性の中から、たった1つの最良を選択することでもあります。
その選択肢の可能性を増やすには、複数の視点を持つことが重要です。1つの視点や思考のみをもつということは、センスの領域を狭めることに他ならないのです。
センスがいい人は関連性を見つける
センスがいい人は、ただ知識を得るだけでなく、得た知識の中で関連性を見つけることができると思います。一見、関連性のない複数のものを、アナロジー(類推)によって結びつけ、他の分野で活かすことができるのです。ただ知識という点を頭の中に置くのではなく、アナロジーを用いてそれらを線でつなぐことで、新しい可能性が生まれ、限られた知識の中でも選択肢を最大限に増やすことができるのです。
アナロジーとは
2つの事物に本質的な類似点がみられる場合に、一方に対して、もう一方も同じような性質をもつと推測すること。
例あげると、
「花は水をあげてもすぐには育たず、花が咲くまでに時間がかかる。」
「このことから、人も勉強してもすぐには育たず、成長 までに時間がかかるだろう」
これが”アナロジー”です。
一方で、「人は花だ。」と言えば、これは”メタファー(暗喩)”になります。
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