芸術とは?岡本太郎の名言が詰まった『今日の芸術』【要約】

書評

芸術とは?岡本太郎の名言が詰まった『今日の芸術』

今日の芸術―時代を創造するものは誰か | 岡本 太郎

こんな人におすすめ

  • 芸術とはなにかを知りたい人
  • 子供に芸術を教えたい人
  • 絵を描かなくなってしまった人

芸術作品を理解する

芸術は、むずかしいとか、わかるわからない、などというものではないのです。

p26

美術館などに飾られている絵画を見ると「一体なぜこんな意味不明な絵が豪華な額縁に飾られ、称賛され、オークションでは億単位の高値で取引されているんだ?」と思うことはありませんか。

「ピカソが描いた絵だから。」「ゴッホが描いたから。」という人を見かけます。

しかし、それこそ 偏見に縛られた価値観の間違いであり、芸術はないのです。

芸術はすべての先入観を捨て、作品を自分の目で見て、全身であるがままに感じ、自分の魂をぶつけて作者の思いを理解しようとしなければなりません。

どうして、こういうものを描いたんだろう。どうして、こうなったんだろうということを、心と頭、全身で真剣に考え、その距離をうずめていかなければならないのです。

p100

あなたが自由に絵を描けなくなったワケ

主な原因は社会と教育にある

芸術には教えるとか、教わるとかいうようなことはなにひとつないのです。

p44

自由な絵が描けなくなってしまうのは、大体が小学4年生くらいからでしょう。それまで、自由に描いてきた絵は周りと比較されはじめます。

図画工作の授業では、描いた絵は教室に貼り出され、美術コンクールでは、大人の基準で優劣をつけられ、上手い人に賞が送られます。

上手い人が褒められ、感性豊かでも、 一見下手に見える絵は誰にも褒められない。という環境が生まれます。これこそ、芸術における最大の誤りであり、良くないところなのです。

また、知識や社会常識が自分の中に増えていくにつれ、個性はだんだんと殺されてゆくのです。

芸術はうまく描かなくてよい

うまく描くということは、よく考えてみると、基準を求めていることです。かならず、なんらかのまねになるのです。

p166

「上手い」あるいは「下手」と感じるということは、無意識に基準というものさしではかっているということです。そこには基準となる「普通」が存在し、絵であれば、現実でのその模写の対象物でしょう。

自分が感じているありのままを表現することが芸術の第一条件です。

しかし、大人になると下手に、自由に描くことが実は難しいことに気が付きます。

自分が描いてもいい、すぐ描けると思うような、平易で、単純、だがしかし、生活的な、積極性を持った形式こそが、今日の芸術、今日の美なのです。

p155

美しいときれいは別モノである

ゴッホは美しい。しかし、きれいではありません。ピカソは美しい。しかし、けっしてきれいではないのです。

p112

”きれい”ということは、かたちが整っていて、単純な形式美であるということです。

それゆえに、何度も見るうちに飽きてしまうものなのです。

それに対し、”美しい”ということは、みにくいもの、グロテスクなもの、恐ろしいもの、不快なもの、いやったらしいものの中に、ぞっとするような美しさというものがあります。

「嫌だけど、なぜか見たくなってしまう」というものには、これが作用しています。

芸術とは

芸術なんてなんでもない。人間の精神によって作られたものではありますが、道ばたにころがっている石ころのように、あるがまま、見えるがままにある、そういうものなのです。

p227

芸術は芸術家だけのものではなく、私たち一般人のすべてに与えたれた表現であり、「上手い」「下手」などという垣根をこえて、表現しなければならないのです。

今日の芸術―時代を創造するものは誰か | 岡本 太郎

コメント

タイトルとURLをコピーしました